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柏レイソルで存在感を高め、日本代表にも名を連ねる熊坂光希選手。
185cmのサイズを生かした守備力やボール奪取に加え、中盤から攻撃を組み立てるプレーも注目され、「どんな経歴の選手?」「出身高校や大学はどこ?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
熊坂光希選手は、柏レイソルの育成組織であるU-15、U-18でプレーした後、東京国際大学へ進学。
大学サッカーを経て、2024年に柏レイソルへ加入しました。
さらに2025年にはSAMURAI BLUEへ初招集。
2026年9月には再び日本代表に選出され、ベネズエラ代表戦でA代表デビューを果たしています。
この記事では、熊坂光希選手の小学生時代から柏レイソル加入までの経歴をはじめ、出身高校・大学、最新成績、ポジションやプレースタイル、日本代表での歩みまで詳しく紹介します。
熊坂光希の経歴
まずは、熊坂光希選手がどのような道を歩んでプロサッカー選手になったのか、経歴を一覧で見てみましょう。
| 時期 | 所属 | 主な経歴 |
|---|---|---|
| 小学生 | 彦成FCなど | 埼玉県三郷市を中心にプレー |
| 中学生 | 柏レイソルU-15 | 柏レイソルのアカデミーに加入 |
| 高校生 | 柏レイソルU-18 | 日本体育大学柏高校に在学 |
| 大学生 | 東京国際大学 | 大学サッカーでプレー |
| 2024年~ | 柏レイソル | トップチーム加入 |
| 2025年 | 日本代表 | SAMURAI BLUEに初招集 |
| 2026年 | 柏レイソル・日本代表 | J1で出場を重ね、日本代表デビュー |
熊坂選手は中学・高校年代を柏レイソルの育成組織で過ごした後、東京国際大学へ進学しています。
そして大学4年間を経て、再び柏レイソルへ戻り、プロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせました。
小学生・中学生時代
熊坂光希選手は2001年4月15日生まれ、埼玉県出身です。
小学生時代は、彦成フットボールクラブ、南郷FCスポーツ少年団、戸ヶ崎イレブンSSSなどでプレーしました。
その後、三郷市立栄中学校へ進学すると、クラブでは柏レイソルU-15に所属します。
つまり、熊坂選手と柏レイソルとの関係はプロ入りした2024年から始まったわけではありません。
中学生の頃から柏レイソルのアカデミーでプレーし、育成年代を過ごしています。
柏レイソルU-18時代
中学校卒業後も柏レイソルの育成組織に残り、柏レイソルU-18へ昇格しました。
高校は日本体育大学柏高校に通いながら、主な活動の場は柏レイソルU-18でした。
そのため、「熊坂光希の高校はどこ?」と調べると高校サッカー部でプレーしていたように感じるかもしれませんが、実際にはJクラブのアカデミーでプレーしています。
柏レイソルU-18卒業後はトップチームへ進まず、東京国際大学へ進学しました。
後に柏レイソル加入が決まった際には、熊坂選手自身もアカデミー時代について、苦しい時間が多かったことを振り返っています。
育成年代を過ごした柏を一度離れ、大学サッカーへ進んだことが、その後のキャリアにつながっていきました。
東京国際大学時代
高校卒業後、熊坂光希選手は東京国際大学へ進学しました。
大学ではサッカー部に所属し、4年間プレーしています。
大学サッカーで経験を積み、4年生だった2023年には、翌2024シーズンから柏レイソルへ加入することが決定しました。
アカデミーを離れてから約4年。
中学・高校時代を過ごした古巣へ、今度はプロサッカー選手として戻ることになりました。
柏レイソル加入
熊坂光希選手は2024年から柏レイソルのトップチームへ正式加入しました。
背番号は「27」です。
2024年3月30日に行われたJ1第5節・アルビレックス新潟戦でJリーグ初出場を記録。
ルーキーイヤーからJ1で10試合に出場し、プロの舞台で経験を積みました。
2025年にはリーグ戦18試合に出場。
さらに2026-27シーズンは9月25日時点でJ1リーグ8試合に出場しており、8月8日の水戸戦以降は8試合中7試合で先発しています。
柏レイソルU-18から東京国際大学へ進み、その後プロとして柏へ戻り、日本代表までたどり着いたことは、熊坂選手の経歴を語るうえで大きなポイントです。
熊坂光希の最新成績
続いて、熊坂光希選手の柏レイソル加入後の成績を見ていきます。
熊坂選手は得点を量産するタイプではなく、中盤の守備やビルドアップを支える役割を担っています。
柏レイソル加入後の主なリーグ成績は以下の通りです。
| シーズン | 所属 | リーグ戦出場 | 得点 |
|---|---|---|---|
| 2024 | 柏レイソル | 10試合 | 0 |
| 2025 | 柏レイソル | 18試合 | 0 |
| 2026百年構想リーグ | 柏レイソル | 1試合 | 0 |
| 2026-27 | 柏レイソル | 8試合※ | 0 |
※2026年9月25日時点。
2024年はプロ1年目ながらJ1で10試合に出場しました。
2025年には18試合まで出場数を伸ばし、徐々にトップチームでの出場機会を増やしています。
そして2026-27シーズンに入ると、先発で起用される機会が増加。
8月8日の水戸戦以降、8試合中7試合でスタメンに入り、中盤を支えています。
数字だけでは活躍が伝わりにくいポジションですが、日本代表に選ばれていることからも、プレー内容への評価が高まっていることがうかがえます。
熊坂光希の出身高校・大学
熊坂光希選手の学歴について検索している方も多いようです。
ここでは、「高校はどこ?」「大学はどこ?」という疑問を整理しておきます。
| 区分 | 学校 |
|---|---|
| 小学校 | 三郷市立戸ヶ崎小学校 |
| 中学校 | 三郷市立栄中学校 |
| 高校 | 日本体育大学柏高校 |
| 大学 | 東京国際大学 |
高校と大学について、もう少し詳しく見てみましょう。
高校は日本体育大学柏高校
熊坂光希選手の出身高校は、千葉県柏市にある日本体育大学柏高校です。
ただし、高校時代にプレーしていたチームは高校サッカー部ではありません。
熊坂選手は柏レイソルU-18に所属しており、高校に通いながらJクラブのアカデミーでプレーしていました。
そのため、「日本体育大学柏高校出身」「柏レイソルU-18出身」のどちらも正しい経歴になります。
大学は東京国際大学
高校卒業後は東京国際大学へ進学しました。
東京国際大学サッカー部で4年間プレーし、大学4年時に柏レイソルへの加入が内定しています。
熊坂選手にとって大学時代は、プロ入りへ向けて重要な4年間となりました。
柏レイソルのアカデミーを離れた後も大学サッカーでプレーを続け、再び柏から評価を受けてプロ契約につなげています。
育成年代からそのままプロへ進むルートだけでなく、大学サッカーを経由してJリーグや日本代表を目指せることを示すキャリアでもあります。
熊坂光希のポジション
熊坂光希選手の登録ポジションはMFです。
柏レイソルでは主に中盤の中央でプレーしており、ボランチとしてチームの攻守を支える役割を担っています。
身長185cm、体重80kgと、日本人のボランチとしてはサイズがある点も特徴です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ポジション | MF |
| 主な起用位置 | ボランチ・中央MF |
| 身長 | 185cm |
| 体重 | 80kg |
| 利き足 | 右 |
中盤の中央では、相手からボールを奪う守備力だけでなく、味方からボールを受けて攻撃を組み立てる役割も求められます。
熊坂選手はフィジカルの強さを生かしながら、中盤でボールを動かせる点も特徴です。
熊坂光希のプレースタイル
熊坂光希選手のプレースタイルを考えるうえでポイントになるのが、「サイズ」「守備」「ビルドアップ」の3点です。
単純に相手の攻撃を止めるだけの守備的MFではなく、ボールを持った際にも攻撃へ関わるタイプです。
185cmのサイズを生かした守備
まず特徴的なのが、185cmの恵まれた体格です。
中盤では相手選手との球際の争いが多くなりますが、熊坂選手はサイズを生かして体を当てながらボールを奪うことができます。
また、2026-27シーズンは9月25日時点で空中戦勝利9回を記録しています。
高さとフィジカルを生かして中盤でボールを回収できる点は、熊坂選手の特徴の一つです。
中盤で攻守をつなぐ
熊坂選手は、守備だけを担当する選手ではありません。
柏レイソルではボランチとして最終ラインからボールを受け、前線へつなぐ役割も担っています。
相手の立ち位置を見ながらポジションを取り、前を向けた場面では縦パスを狙うプレーも特徴です。
2025年の試合後には熊坂選手自身も、前を向けた際には縦パスを入れることを意識していると語っています。
相手の守備を一列越えるパスが入れば、一気に攻撃のスピードを上げることができます。
攻撃参加もできるボランチへ
さらに熊坂選手が意識しているのが、攻撃面での貢献です。
ボランチの位置からゴール前へ入り、攻撃に厚みを加えることについても本人が言及しています。
2026年9月時点ではJ1初得点はまだ記録していません。
今後、守備やビルドアップに加えてゴールやアシストでも数字を残せるようになれば、さらにプレーの幅が広がりそうです。
熊坂光希の日本代表選出
熊坂光希選手への注目度が大きく高まった理由の一つが、日本代表への選出です。
柏レイソルでのパフォーマンスが評価され、2025年に初めてSAMURAI BLUEへ招集されました。
その後、一度は負傷による離脱を経験しましたが、2026年に再び日本代表へ復帰し、A代表デビューを果たしています。
2025年に日本代表初招集
熊坂光希選手は2025年、FIFAワールドカップ26アジア最終予選に臨む日本代表メンバーに初招集されました。
柏レイソルでプロ2年目だった熊坂選手にとって、大きなステップアップとなる選出でした。
しかし、6月10日に予定されていたインドネシア代表戦を前に負傷。
6月9日に日本代表から離脱することが発表されました。
そのため、この時はA代表での出場を果たすことはできませんでした。
2026年9月に日本代表復帰
それでも、熊坂選手の代表への挑戦は続きました。
2026年9月、キリンチャレンジカップとキリンカップに臨む日本代表メンバーへ再び招集されます。
JFAからも復帰選手の一人として紹介されました。
海外クラブでプレーする選手も多い日本代表の中で、Jリーグ所属の熊坂選手が再びメンバー入りしたことで注目度も高まりました。
ベネズエラ戦でA代表デビュー
そして2026年9月28日に行われたベネズエラ代表戦で、熊坂光希選手は背番号30を着けて先発出場しました。
これが熊坂選手にとってA代表デビューとなります。
2025年の初招集では、練習中の負傷によって試合出場を逃しましたが、約1年3か月後に日本代表のピッチへ立つことになりました。
柏レイソルU-18から東京国際大学へ進み、大学を経てプロ入りした熊坂選手が、日本代表までたどり着いたことになります。
今後、柏レイソルでの出場を重ね、日本代表でも再びチャンスをつかめるのか注目されます。
しかし、公式記録では、ベネズエラ代表戦の試合開始から8分で交代しています。
交代理由については、膝の痛みによる負傷退場となっているため、今後の回復が心配されます。
まとめ
今回は、柏レイソル・熊坂光希選手の経歴や成績、出身高校・大学、ポジション、プレースタイル、日本代表での歩みについて紹介しました。
熊坂選手は埼玉県出身で、中学から柏レイソルU-15、U-18とアカデミーで育ちました。
その後は東京国際大学へ進学し、大学サッカーで4年間プレー。
2024年に柏レイソルへ加入し、プロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせています。
そして2025年に日本代表へ初招集され、2026年9月28日のベネズエラ代表戦でA代表デビューを果たしました。
185cmのサイズを生かした守備力に加え、中盤から縦パスを入れて攻撃を組み立てられる点も熊坂選手の特徴です。
柏レイソルでさらに存在感を高め、日本代表でも出場機会を増やしていけるのか。
これからの活躍にも注目していきたいですね。
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